なんか急に手が止まらなくなって書きました。それでは聞いて下さい。偶像崇拝ダメ、ゼッタイ。
こちらの記事を書いているときに、急に手が止まらなくなって「わーっ」て書いたものです。
目次
この世界にはあなたが与える以外の意味はない
究極的にはこの世界は私が創り出した夢なので、ぶっちゃけそれらを実在の対象として深掘りすることに意味はありません。
囚われてしまうと、それはコロコロと姿を変え、顛倒夢想の世界らしい支離滅裂な様相を呈するのは自明の理。
それらに私が意味を与えなければそれに意味はありませんし、知っていればいちいち驚くこともありません。
ただ、そこに何が見えるのか。
それは観察したい。
表層ではなくて、私に「何」が見えるのかを。
支離滅裂なものを見て
ああ、支離滅裂だなあ……
顛倒した夢を見て
ああ、顛倒しているなあ……
それ以上の反応はいらない。
ただ、問うのです。
あなたはなあに?
どうしたの?
なんなの?
よく澄ましてみて下さい。
答えは内から返ってきます。
なぜならそれらは決してその問いに答えることはできないから。
支離滅裂であることだけが終始一貫した顛倒夢想の世界
陰謀論や都市伝説のような話を調べるとわかるのですが、この世界の支配者層とされる人々の行動は、終始支離滅裂で狂っているように見えます。
しかし、支離滅裂で狂っているのは、眼前の世界も全く同じ。
忘れないで下さい。
ここは支離滅裂であることだけが終始一貫した顛倒夢想の世界だということを。
善いものが次の瞬間には悪に転じたり
好きなものが次の瞬間には嫌いになったり
大切なものが次の瞬間には壊れたり、消えたり
信頼が次の瞬間には裏切りに転じたり
天国では不可能なことが溢れたおかしな世界です。
永遠などないことだけが永遠の、諸行無常、盛者必衰の世界。
支離滅裂だから諸行無常ですし、盛者必衰にならざるを得ません。
知っていれば、呪うこともありません。
光と闇の対立なんて起こり得ない
光と闇の対立
なんて構図、現実ではありえません。
夜部屋に帰って電気を点けて、闇が半分だけ残っているということが起こり得ないのと同じように。
それが起こるとしたら、それは光ではないのです。
もしくはそこに、透明な遮蔽物(!)があるか。
そんな物理法則を無視した状況は、想像の中でしか描けません。
透明な遮蔽物はあなたの信念の補強がなければ見えません。
透明な遮蔽物が原因で闇が見えているなら、闇を創り出しているのは?
それが、この世界でした。
偶像崇拝ダメ、ゼッタイ
私は宗教の人ではないですが、あちこちで偶像崇拝はダメ!(マジやめておいたほうがいいよ!)と言っています。
シッダールタ先輩も言っていたし、天国を見たあとで、イエス先輩も同じことを言っていたと知りました。
それはシンプルに、天国から離れる行為だからです。偶像崇拝は天国を曇らせる(見えなくさせる)結果しかもたらしません。
分離に信念を注ぐのですからそれは当然の帰結です。
分離に信念を注いでいる限り、天国から分離した世界の夢は終わることはありません。
天国を思い出したい(永遠の幸福感を思い出したい)のなら本気でやめておいたほうがいいです。
私も結局、天国にはないものを召命した瞬間、気がついたらもう一度影になっていました。それが私から見て2回目となるこの世界の始まりでした。
執着という自己否定を警戒する
お守りを持ち歩くとか、観音様の像を飾るとか、好きなアイドルがいるとか、自分の顔が好きとか、お酒が好きとか、セックスが好きとか、全然OKです。
執着しなければ。
それがなければ駄目になる、とかにならなければ。
その執着はあなた自身への攻撃(強い否定)になるため、確実に禍(不本意な事態)をもたらすのですが、それは時間への信念の度合いに応じてタイムラグが有り、かつての私のように天国での感覚が鈍っていると気づきにくいかもしれません。
時間への信念が外れてくると、それはすぐに起こっていることがわかります。
あなたは永遠に天国にいるし、天国を離れることはできないから、この世界でも何も恐れることはないですが、この「執着」だけは警戒したほうがいいです。
恐れるのではなくて、警戒。
大丈夫です。今は小さくて聞き取りづらいかもしれませんが、内なる声を聞いてください。今もあなたは天国にいて、その感覚を忘れてはいません。
大切なものとは
あなた以上に大切なものはありません。
というか、あなたしかありません。
「他」者との比較に於いてではなく、唯一無二なのです。
天国はひとつしかありません。あなたは天国ですのであなたもひとつです。
地獄はありませんから正しくは天国しかありません。
どうか、時間の魔術によって無数に多種多様に見えているものの外観に惑わされないで下さい。
あなたはすべてであるという属性も失ってはいません。
それらは実体をもって分離したように見えるあなたの幻です。
囚われることなく、「見て」ください。
光は光を見る
天国であるあなたの光の前に闇は存在できません。
あったように思えても、あなたが見ればそれは幻だったことがわかるだけです。
「もともとなかった」とさえ思えるほどそこはあなたと同じ光になります。
光であるあなたには光がふさわしい。
否、ふさわしいという言葉すら間違った謙遜(神を否定するような傲慢さ)があります。
あなたにはそれしか見えないのです。
「そこ」にあなたのあの力をもって新たに何かを描かないでください。あなたに禍事を運んでくるだけの式神を飛ばすのはもうやめましょう。あなたは飽いているはずです。
あなたはとっくに赦されていますので、あなたも世界を赦してください。
赦しの眼差しでもって、あるかないかもわからないまでに薄れた、今にも消えそうなその薄いベールの向こうを「見て」ください。
嘘をつくことがある、眼、耳、鼻、舌、身、意のレスポンス(色、声、香、味、触、法)に惑わされることなく、観てください。
ずっとずっと観えてきたそれを、今度はもう無視しないでください。
あなたはすべて
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」
聖書に8回も出てくるという、先輩の言葉です。
私は天国ではっきりと見たので、これも永遠に断言しますが、あなたはすべてです。すべてであることから逃れる術はありません。
あなたがあなたを呪えば、この夢の世界は呪い(禍事)になります。これも時間への信念の影響で遅れてそうなるように見えるかもしれませんが確実になります。
人を呪うことも同様です。呪いはあなたの中に生じ、あなたを源にして放たれるのであなたにも必ず影響があります。
それは、この顛倒夢想の世界の臨場感を強化する結果になります。
それと同様に、あなたがあなたを愛すれば、世界は愛になります。天国たるあなたは愛なので、そもそもが愛との相性が抜群です。
あなたの本質に逆らう呪いにはかなりの労力と痛みを要しますが、愛は自然なのでそこに労力や痛みはありません。
天国と同じように、その愛を媒介として祝福や歓喜が漏れてくるだけです。
私はあなたを祝福します。
天国であなたがそうしてくれたように。
以上です。
なんか最近こういうこと多くなってきました。念のため書き溜めていますけど、長い。
最後までお読み下さりありがとうございました。