臨死体験について深夜のファミレスであなたにお話しするようなノリで軽く浅いところからお話ししてみたいと思います。※途中から重いかもしれませんすみません。
こちらの記事でお話しさせていただいたような詳細は、実はあまり人には話しません。引かれることもあるからです😅
順番が逆になりましたが、そうではなく、もっと浅いの。
「実は臨死体験したことあって……」の後すぐに話すようなのからお話ししてみたいと思います。
私が死ぬまでの経緯
死因はお酒による事故、急性アルコール中毒でした。
当時、私は夜のお仕事をしていて、その日は大きなイベントでたくさんお酒が飛び交っていました。
若かったですし、そのお店では新人の私が一番お酒が強かった。
先輩たちが次々と泥酔していく中で、私だけずっとお酒を飲まされ続けました。
- グラスビール:2杯
- 焼酎720ml:3本
- シャンパン:5本
- ウイスキー720ml:1本
記憶しているだけで、このくらいは飲んでいたと思います。
さすがにもう飲めないかな……(ちょっと気持ち悪い)
と思って、トイレに行った時、なぜかふっと酔いが醒めました。
まるでまだビール2杯くらいしか飲んでいないときの感覚に突然戻ったのです。
「わ!なんか発動したwww」
とか思ったあたり、やっぱりちょっと酔っていたんだと思います笑
そこからまた、ペースを取り戻してお酒をどんどん飲みました。
自分のことを大切にする人はどんな状況だろうと、あんな乱暴なお酒の飲み方はしません。
当時、既に人生に絶望していた私は、常時「死にたい」「人生を終わらせたい」と考えていました。
叶うことなら、明日が来なければいいのに。
このときもそうです。
「私なんかどうなってもいいや」
「たくさんお酒を飲めば、こんな私でも喜んでもらえる」
みたいなことを考えていました。
なのであれはもう緩やかな自殺ですね。
そしてついにその時が訪れます。
既に泥酔している先輩から、
「あそこの席のお酒を空にしてこい」
と指示がありました。
見ればそれは、ついさっき入ったばかりの高級なブランデーでした。
さすがに拒絶反応がありました。
ここからあんなの飲んだらなんかやばいことなりそう。
私は先輩が冗談を言っているのだと思って、
「いやいやいやいや😂」
みたいな反応をしたのですが、先輩は本気でした。
「いいから行け!💢」
空のグラスを持たされ、背中を押され席まで連れて行かれました。
もう、どうなってもいいや。
って思いました。
全部、飲みました。
みんなが見届ける中で最後の1杯を一気飲みしたのが最期の記憶になりました。
この後、心肺停止して、蘇生も諦められて、臨終判定をされかけます。
ギリギリで復活してしまった当の本人である私は聞かされていませんが、腕時計を見たお医者さんは私の死亡時刻を知っているはずです。
せっかく話しましたので、急性アルコール中毒について注意喚起したいのですが、急性アルコール中毒の致死率は87%以上といわれています。ほぼ助からないです。
あと、あまり語られていないですが、いわゆる「生還」した後にえげつない苦痛を体験することになります。
脳が爆発するんじゃないかと思うレベルの頭痛、内臓が全部出るんじゃないかと思うレベルの吐き気と48時間くらい闘うことになりました。
そしてそれが終わった後は、自分だけ重力マシマシになったんじゃないかと思う倦怠感が3日くらい続きました。
飲み過ぎちゃダメ。飲ませちゃダメ。
気がつけば光の中で光だった私
- 三途の川はなかった
- 走馬灯もなかった
- 生前お世話になった人が「まだ来るな」と止めてくれるとかもなかった
- 閻魔様もいなかった
- 審判もなかった
- 地獄もなかった
- よく言う天国の階層(高級低級みたいな)もなかった
このような、天国とか臨死体験についてよくいわれているものは(私の場合)なかったです。
いきなりものすごい光でした。
全部ぜーんぶ光。
すごい簡単に表現すると、いきなり神の前に立っているような。前っていうか中っていうか。
区別されるような「私」もいなくて、私もその光。光と光源しかない。つまり私もその光源とひとつでした。
その光には、これまで愛したもの、今愛しているもの、あとこれから愛するものがぜんぶ含まれていました。もちろんあなたも。
よく言われる「お別れする」というのがないのです。それどころか、です。
肉体は心肺停止し、臨終判定をされかけているのに、私はぜんぜん死んでいなかった。
私はずっとここにいた、と当然のように確信していました。
じゃあさっきまで見ていた世界は……って、あれ、なんのことだっけ。すごい夢っぽい。
此処が現実。この圧倒的な臨場感がその証拠。それに比べたら、今見ていた世界なんてふわっふわ。
ずーっと天国にいて、その途中で見ていた夢。あったかどうかもわからない一瞬のまばたき。
天国に時間の概念はないですが、過去も天国、未来も天国、あれ今何してたの?みたいな。
オセロみたいに天国と天国に挟まれた今は天国でしかありえない。
子どもの私が、ちょっと長くてリアリティの強い夢を見ていて、その夢の中で、進学、就職、結婚、出産、病気、愛する両親の死、自分の死と、それらに伴う情動もちゃんと経験したけど、目が醒めてみたらそこはいつもの家で、愛する両親が普通にいて
「起きたの?おはよう」
って言ってくれた。
ああ、今のは夢だったんだ。そうだよな、私子どもだし。父ちゃん母ちゃん元気だし。あーよかった(笑)とりあえずカルピス飲も。
でも、寝ている時に見る夢もそうですが、夢の中ではそれが夢って気づかないものです。
夢なんてもう何千回何万回と見ているのに。
夢の中で「これは夢じゃん!」って気づいた経験もあるのに。
20歳くらいになるとみんな経験が蓄積して、毎晩明晰夢(夢の中でこれが夢だと気づいて好き放題動ける夢)を見れるようになっていないとおかしいのに、毎回夢はリアル。どんなに物理法則を無視した世界や支離滅裂な世界が展開されても、毎回真剣ですよね。
失うものがない世界には、恐怖も罪も、そこから派生するあらゆる負の感情も存在ごとありませんでした。
だから、怒りや悲しみはもちろん、赦しさえ考えもつかない世界。
罪が存在しないので、もちろん死もない。
それは私が既に死を経過していたから、というのとも違って、死という概念ごとないのです。
自己処罰のひとつである死という概念は、自己処罰の根拠となる罪が一切存在しないところには存在できません。
罪が実在するという仮定が死の実在性を支えています。
天国の感覚でいうと「私の死(消滅)」はものすごい珍奇な作り話。
すごいがんばって妄想すればほんのりわかるような気もしないでもないけど、そんなの不可能だwww
ていうか「何のため」にそんな妄想するの?www
ってなります。あなたも。
まず、死と天国がリンクしません。質的にあまりにも関係ないんです。それは死が、実在しない肉体と、同じく実在しない時間に紐づいた概念だからです。
実在しない罪の結果として、実在しない時間というグラデーション魔法で、老いて朽ちて消滅する、実在しない肉体。なんだそれ。
これが、天国であなたと一緒に大笑いしながら入れたツッコミです。
0から始まる掛け算の答えはどこまで行っても0です。冒頭で答え出ちゃってる。
天国は「思い出す」もので「行く」ものではない。
夢は覚めるもので、夢で上書きするものではない。
天国での私(あなた)がしていたこと
- めっちゃ喜んでいる
- めっちゃ祝福している
- めっちゃ感謝している
- めっちゃ愛している
無限増殖する歓喜、祝福、感謝、愛の光でした。分離した「個」はないためすべてです。
もし、この夢の世界でその感覚を取り戻せたなら、ここの仮初めのルールが適用されませんので、物理法則は無視するでしょうし、光って見えるでしょう。視覚的にもそうなるかもしれません。
無差別に祝福を撒き散らす人、に見えると思います。
この夢の世界でも、あなたはその感覚を失っていません。それはあなたがどんなに強く願おうと失い得ない、あなたの「性質」です。
人の幸せを自分のことのように感じたりするのがそれに近いです。「共感」とか「想像力」と呼ばれているようです。
本来はもっと、圧倒的に全的です。
時間の束縛を外して「それ」を目の当たりにしたら、あなたは二度と上記以外のことをしたいとは思わなくなるでしょう。
ここで「悲しみ」という概念を出さなかったのは、悲しみに序列はなく、どれも皆同じことの顕れであり、それは恐れずに見、天国に運んでもらうものだからです。
それは天国にはないため、本来のあなたには異質すぎる概念ですが、あなたの強力な信念に補強されている間はあなた自身にそれを消し去る(修正する)ことはできません。少なくともこの世界が見えている間はできません。
価値判断を止め、そっと手放して、あなたも忘れていない、あの光に送って下さい。それはあなたが送った瞬間に跡形もなく消え去る性質のもの。
天国を忘れきったように見えるこの夢の世界にも、ちゃんと仲介者がいます。あの光はちゃんと漏れているのです。あなたはただ、渡してください。まかせてください。
光なので、形をもって顕れることはありません。もし形をもって顕れたならそれはまだ夢を見ていたいあなたの作り出した幻です。偶像崇拝に陥ることなく、あなたの内を見てください。
おわりに
なんだか途中から調子が変わってしまっていますね😅
とりあえずそのままにしました。
軽いノリでお話ししようと思っていたのに、すみません。
何かの参考になれば幸いです。
以上です。
最後までお読み下さりありがとうございました。